映画・読書感想記事は基本的にネタバレです。ご注意ください。

2007年10月31日

昔の先生

最近、テレビのニュースで自分の中学時代の美術の先生を見た。
悪いニュースではなくいい方で、似顔絵の書き方を教えておられたのだ。先生は教師の傍らマンガも書かれていて且つ油絵でなんとか賞をもらって教師をやめ独立されたのだった。

無論随分と年をとっておられるわけだがどことなく印象が残っていたのと名前が特徴あったのですんなり思い出せた。それに絵を描かれてたわけだしね。

ただそれだけなんだけど、ぐーんと昔に引き戻されるような不思議な感覚だった。
映画ってこういうのよくあるけど自分で感じるとホント不思議なもんである。

posted by フェイユイ at 17:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月03日

ピアス穴

ピアスをつけるようになってからもう随分たつ。穴を開けたのはいい年になってからなのだが(つまり学生時代とかではないってこと)イヤリングをつけていると耳が死ぬほど痛くなるので(一体あれはどういうことなの?)むかっ腹がたってピアス穴を開けることにした。
ピアス穴を開けることに「親にもらった体に」と拒否感を持つ方もおられるが、そんなことはつゆほども考えなかった。
ただし家族(この場合は連れ合いだが)に反対されたりしてもめるのは嫌だったので一人でこっそり開けることにした。
近所の小さな宝石店からピアス穴開け器を買ってきて開けようとしたが痛いのが怖いというより失敗して変なとこに開けるのが不安になる。耳ってよく見えないし(当たり前)失敗したと言ってぼかすか開けるわけにもいかんしなー。
病院に行くのには妙に抵抗があるしそれで連れ合いにばれそうだし。
んで、穴あけ器を購入した宝石店へ戻り「申し訳ないですが、穴を開けてもらえませんか」と聞いて見た。
ごく小さな宝石店のおじさん、といっていいようなご主人はちょっとびっくりした様子。
「うーん、昔はよく開けてやってたんだけど、今は法律的に駄目なんだよね」あー、そうなんだ。ちょっとびっくりでがっかり。
「でもまあいいでしょ、やってあげよう」「ありがとうございます!!」ってんでちょこんとそこのいすに腰掛けてあけてもらった。
冷やしたりとかもしなかったけど、さすがプロ。全く何の痛みも感じず手早くやってくれた。感謝〜。
お医者でやっても痛いし、膿んだりするよ。とか言う話も聞くのになんの後遺症もなし。梅雨時だったのに。
しかも「あら、凄くかっこいいとこにピアス穴あけたのね」なんて褒めてくれる人もいて、そーなのかー、とまた感心。しかしそういうとこまで見てる神経の細かい方っているのだね。
暫くの間はあれこれとピアスを変えて楽しんでた。今はつけっぱなしでいい奴をずっとしてるだけだけど。

この話自体、もうかなり前のことだ。そのお店も他所に移っちゃった。
こういうこと頼む人っていうのもあまりもういないのかなー。今思えば相当ずーずーしかったのか。ただでやってもらったし。勿論その後にピアスを買って帰ったけど。

連れ合いは呆れてしばらく文句いってたが(黙ってやったことに)それほど荒れることなく解決。

私にとってこのピアス穴開け体験は満足のいく一件だったなー。やっぱりピアスはいいよね。
posted by フェイユイ at 18:16| 香港 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月28日

都市伝説

「口裂け女」の映画があるらしい。
私の少女期にその噂が流行ったものだ。その後も何回となくそういう噂はあったのだろう。

こういう都市伝説というのは面白い。
昔は子供達にはお婆ちゃんたちから怖い物語を聞くという楽しみがあったのだろうが、そういう機会がなくなりこういう現象がおきるのに違いない。
ということは怪談というのはなくてはならないものなのだろうか。

それにしても怖かった。足が速い。というのが怖い。
posted by フェイユイ at 00:06| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月21日

体内に埋め込まれたもの

むかーし昔鉛筆を踏んづけてしまったものか、足の親指の付け根あたりに鉛筆の芯がくい込んでしまったことがある。
子供だった自分は親に言えばいいものをなんだか怒られそうな気がしてとうとう言えずじまい(何故怒られると思うのか)いつしか皮膚がその傷を覆い、黒い固まりが皮膚の下に見えるのみとなった。
勿論痛くてたまらないなら病院でも行かなければいけないが、どうしたものか全然痛くなくてそのままにしてしまったのだ。
なんだか誰にも言い切れず大人になっても自分だけの秘密にして時々思い出しては「取らなくてよかったのか?このままでいいのか?」と考えてみたりはした。
ある日何とはなしに知人にその話をしてみた。凄く驚くかと思ったら「結構そういう人いますよ」という返事。こちらが驚いた。そうか。鉛筆を踏んづけて体内に芯を埋め込んだままの人はたくさんいるんだ。
ほっとするとともに拍子抜けもした。それまで世界にただ一人の秘密だったのが大勢いたわけだ。

年月がたちすぎてその色すらもう今はよく判らないがしっかり体の内側にそれは存在してるのだ。
タグ:
posted by フェイユイ at 17:35| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月19日

結婚式に行く心得

またまた昔話。

知人の結婚式に行く事になり、滅多に着ない一張羅と滅多に履かないパンプスを引っ張り出した。
式場までの送迎バスが近所に来るのでそこまで歩いて行く。ところがもう長い間履かなかったそのパンプスが一足歩くごとに分解されていったのだ!
丁度半分くらいきたところでパンプスはバラバラになり私はつま先にようやく靴の部分を引っ掛けていた。帰ろうにもどうしようもない。運がいいのか悪いのか近くに小さな靴屋さんが。
サイズだけ合わせてようやく歩ける靴を履くことができた。持っていくわけにもいかないので分解してしまったパンプスは靴屋さんに処分をお願いした。バラバラの靴を見てどう思われたか。

教訓。滅多に履かない靴で結婚式に行く時は一度試しておく事。
posted by フェイユイ at 18:31| 香港 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月09日

同窓会

相方が同窓会に参加した。ラジオでもそういう話をしていた。お正月にそういうことをするのはちょうどいいのだろう。

だが、相方、物凄く意地の悪い奴がいたと言って泣きながら(ちょっと大げさに言ってます)帰ってきた。容姿をなじられたらしい(わはは、カワイソウ)そいつは昔から嫌な奴でやっぱり今でも嫌な奴だったらしい。聞いてるだけのこちらは映画を撮るならそういう嫌な奴がいないと面白くないよ、などと冷酷に考える。勿論私自身が体験したくはないけどね。

ラジオでの同窓会話は「昔使い走りをやらされてた奴は今もなんか言われると走って買いに行ってた。昔の習慣は治らないね」っていう笑っちゃう悲しい話。

どちらも今も昔も変わらない、ということであった。

人間、成長するはずなんだけど。

私もあんまり変わってないんだろうなあ。

タグ:友達
posted by フェイユイ at 18:27| 香港 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月09日

いじめられていたあの子

小学生時代、いじめられていた男の子がいた。色が白くておとなしくて、勉強はそれほどできなかったんだと思う。強い男子たちのかっこうの餌食であった。
一体どうして突然だったのか覚えていないけど、ある日、音楽の時間にその弱い男の子が一人で歌を歌った。何をやっても下手なはずのその子の歌声はまるで天使のように響くボーイソプラノだったのだ(なんというか、まるでウィーン少年合唱団のような歌声だった)いじめっこも他の子もぽかんとその響き渡る歌声を聞いた。その子の声は他の単に上手い子とも完全に違っていた。透き通るような輝きを持った歌声だった。

神様というのはなんと不思議なことをするものか。

時代や場所が違えば(田舎だったからね)その子はもっと活躍することもできたんだろう。私は「もったいないよ」と思ったものだ。
ボーイソプラノは終わりを告げる。
その子の声もいつしか大人の男の声に変わってしまった。
ただあの時までいじめられっ子だった彼はその日から変わってしまった。いじめっ子だった男子はその子の前に行くとなぜかもういじめることができなくなってしまったのだ。
不思議なことだった。
そのいじめられっ子だった子はおとなしいままではあったけど以前のびくびくした子ではなくなった。

すべてのいじめがこういう風に変わることは殆どないのだろう。何かの才能がなければいじめていいわけでもない。
ただ私の中でその美しい歌声と共に記憶に残っている。
posted by フェイユイ at 18:29| 香港 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月19日

お隣はパーティ

以前、仕事関係で普段行くこともないホテルでの会議に出かけた。
仕事上の眠い説明を聞き(いかんねこんなんじゃ)休憩時間でロビーに出ると隣の広い一室ではどうやらお水関係の記念パーティが行われていたようだった。
こちらのしょぼくれた一行と違い目の覚めるような(文字通り目が覚めた)艶やかな姿のお姉さま方がこれまたお金持ちそうなお客様をお出迎え。
「はー、やはり水商売の方は綺麗なものだなあ」と感心・・・ん?なんだか違う。皆普通より背が高いし派手すぎるし声が低い・・・。それはなーんとゲイの方のお店のパーティなのであった。恰幅のよい社長様がたが賑やかな音楽とともにこれまた華々しい美女たちから迎えられ満面の笑顔なのであった。
ちらりと見える室内の飾りつけもカラフルで豪華なのであった。

われらしょぼい普通服の面々は天国のような隣室のムードに後ろ髪を引かれながら何の飾りもない冷たい会議室に戻ったのであった。
「お隣の華やかさに負けないよう会議を続けましょう」余計寂しくなる一言であった。
タグ:ゲイ
posted by フェイユイ at 17:41| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月10日

怖い思い出

年を取ってしまうと子供の時のことはまるで何かのお話のように映画のように思い出され、不思議な感覚に捕らわれる。
思い出と言うものは数限りなくあるわけだが、怖い思いをしたことも大した人生でないといいながらも色々あるものだ。
小学生の時、雨の日だったんだろう、登校中、傘をさして歩いていた。狭い道で車と接触してしまったが、車がゆっくりだったのか、傘が壊れただけだった。だが、運転していた男性が降りて来てあやまり、「親御さんにもあやまりたいので、車に乗って家まで一度帰ってくれないか」と言う。内気だった私は断る事もできず言われるままに車に乗り込んだ。誘拐と言う言葉は知っていたので、車に乗ってからどきどきした。逃げなきゃ、と思っても車が走り出してしまえば、もうどうしようもない。
結局は普通の人だったわけで、家に着いて親にあやまり、その後どうしたのかは覚えていない。

住宅街から少し離れた小道でまだ若い男(今思えばまだ学生だったかもしれない)が「自転車が壊れたから一緒に直してくれないか」とか言って路地に引っ込んだ。さすがにこれは言う事を聞きはしなかった。その時は禍々しい空気があたりに漂ってる気がした。

子供はどこで怖い思いをしているのだろうか。どんな時、どんなきっかけでどんな事が起こるのかは誰にもわからない。
posted by フェイユイ at 19:00| 香港 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月12日

ブルーハーツ

私にとって一番語らなきゃいけないバンドであって語ることはないバンド。それはブルーハーツ。ハイロウズじゃなくてね。ハイロウズは今も活躍してて聞くとやっぱりいい歌だ。でもなぜかブルーハーツと言うバンドが昔いたこと、コンサートに行ったこと。それはもうなくなってしまったバンドの思い出だ。

ブルーハーツを分析する必要はない。誰にでもわかる優しい言葉で歌ってた。自分と同じ魂なんだと思ってた。きっとみんなそう思って彼らが大好きだったんだろう。

ヒロトとマーシーはちょうど同じ年代だから、一緒に年をとっていける。昔ほど彼らの歌を聞くことはなくなったが、今も聞けばいい歌を歌っているみたい。

できるならこのままずーっと一緒に年寄りになって、時折彼らの歌を聴けたらいいな、と思う。
posted by フェイユイ at 18:43| 香港 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月24日

ジュリー・沢田研二

で、昨日の続き。そんな歌謡曲嫌いの私が一番好きだったのは今、思えばジュリー・沢田研二だなあ。さすがにタイガースは知らないんですが、「勝手にしやがれ」「時の過ぎゆくままに」「カサブランカ・ダンディ」「サムライ」などなどかっこいい歌があふれてます。あの頃だけは歌謡番組を見るのが楽しみだった。わけ解らんがきんちょアイドルじゃなく少し年をとっててすごく色っぽかった。で、ジュリーの人気がなくなるとともにもう歌謡曲には興味がなくなった。
posted by フェイユイ at 18:53| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月23日

昭和歌謡

ちょっとこれは簡単に言えてしまう話ではないな。それに私は小さい頃歌謡曲、芸能界というものが嫌いだった。おぞましく思ってさえいた。私が一番アイドルとして思い出すのは西城秀樹や山口百恵(このあたりはトップなんで素晴らしい歌手さんたちだが)そしてもうあまり思い出されることもないだろう色んな若者が(そういう私は子供だったが)色々といた。
私はアニメ界の住人で世界の平和のために戦う少年が好きだったから(それもゆがんではいるよな)長髪でフリルとパンタロンを身にまとった若い男がおぞましかった(今は好きだが)女の子はいつもにこにこ明るくかわいく清純さを最も尊ばれていた。そして子供ながらにこの人たちは「芸能プロダクション」というおじさんたちに操られているだけなのだ。と、憐れんでもいた(なんだかおかしい気もする)
しかしそんな私でもテレビでアイドルたちの歌を聞かない日はなかった。毎日、何かしら歌謡番組があっててお人形のようなアイドルたちが振り付けどおりに歌い踊っていた。そんな芸能界というものは永遠に続くかのような気がしたが、いつの間にか消えてしまったかのようだ。
昭和歌謡がはやっているとも聞くが、無論あの頃のようにお年寄りから子供までもが、聞いて歌うようなそんな世界。そしてきらびやかに飾り付けられた妖しい昭和歌謡界というものはもう日本に戻ってくることはないのだろうな。
(この続編、多分書きます)
posted by フェイユイ at 17:10| 香港 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

水泳

真冬に思い出す話題ではないが(読んだだけで風邪引きそうな方ごめんなさい)学生時代、水泳が苦手だった(というか全ての運動が駄目だったんだけど)一応泳げたけど特に平泳ぎは一向に前に進まなかった。それが大人になってしばらくぶりに泳いだら(それももう昔のことになるが)学生時代よりうまく泳げるではないか。あの頃必死で泳いでいたのはなんだったんだろう。それとも私の気のせいかしらん。しかし私が思うに授業という重みが足かせをつけて私の泳ぎを遅くさせていたように思われるのだ。大人になって点数をつけられる心配もなくなり、何の意味もなく私はカエル泳ぎを楽しんだ。
posted by フェイユイ at 11:55| 香港 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月04日

公営団地

小さい頃、団地に住んでいた。マンションじゃなくて公営団地。何のデザインもない四角いコンクリート団地。子供の頃の団地というのは天国だ(今は知らんけど)あちこちに友達がいるし、階段で遊ぶのは(雨の日も遊べて)とても楽しい。だもんで団地というと故郷という思いがある。懐かしい記憶だ。一般的に団地というとなんとなく寂しいイメージがあるのではないのだろうか(これは私の思い過ごしかな)確かに今大人になって団地に住むというと若干抵抗あるけど(住んでる方ごめんなさい)子供のときの思い出は楽しいことばかりだ。なんだかこんな楽しい映画なんてないのかな、とすら想う。
今思うと上の階には謎の太った女の人が住んでいた。普段いなくて、時々現れるのだ。
あの人は何だったのだろう。
posted by フェイユイ at 21:33| クアラルンプール ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月02日

失われた力

昔の自分と今の自分、比べて劣ってきたのは、体力・記憶力・肌のはりと色々あるが、集中力というのもあるのだよね。
これはマー、よく言われることなんで今更ではあるんだが、子供の時というのはテレビを見るにしても本を読むにしてもその世界に入り込み浸りきりこちらへ戻ってくるのが大変なくらいだったのに、今はなかなかその世界に入り込んだままでいるのは難しい。頭の中では常に時間や人の声や明日のことやその他雑多なやらなければいけないこと、気にしなければいけないこと、が渦巻いている。子供のときは側で親が話しかけてても気づかなかったのに。
映画や読書が大好きだが、かつてのようにその世界に遊ぶことは難しくなった。もっと年をとれば、またそのような時期もくるのだろうか?
物語の世界にはいってしまう能力、それを失ったことが一番寂しいことかもしれない。
posted by フェイユイ at 09:56| クアラルンプール ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月14日

美少年の恋

14歳の少年しか認めなかった時期がある。

なんつうわけのわからん感情か知らんが、自分自身も同じくらいの年齢ではあったのだが。

ことの起こりは、萩尾望都や竹宮惠子の漫画からではあった。その中で13,14歳の少年は美しく繊細で理想の姿であった。その上、彼らが愛し合ってる情景は至上の愛の形といってよかった。それ以外の年齢は許されざる存在だった。少なくとも美しいものではなかった。

年月は過ぎ、その年齢はただのガキでしかなくなった。もしくっついていたら今はそちらがきもすぎる。人間とはなんと勝手なものか。ただ、そういう時期を経てきた記憶はあるわけでそういうことを主張する子供がいても不思議には思わない。
そういう時期を一度は送るのだというだけだ。
posted by フェイユイ at 19:14| クアラルンプール ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月12日

異次元空間への扉

電信柱と壁の間を通り抜けると異次元空間へはいりこんでしまう。小さい頃、私の秘密の法則だった。
何かの本で触発されたのか、勝手な自分の作り話なのか、もう今では定かではないが、誰にも言わない一人だけの恐怖のキーワードだった。そのため自動車なんかが止まってて、大きく回らなければならなくてもその隙間をとおるのが怖かった。もし通ってしまえば底なし沼のような異次元空間か一見それと解らなくても自分が元いたその場所ではない擬似世界へ迷い込んでしまってるのだ。母親は本当の母ではなく、友達も似てるけど本当の友達ではない。自分自身もそれに気づかない。では向こうの自分はどこにいったのか、入れ替わって本当の私の世界にはいったのかもしれない。無秩序な法則が自分が勝手に生み出したわけのわからないルールだとわかってはいてもどうしても妄想をやめることができなかった。

が、いつの頃か、大人になるにしたがって、その恐怖から解放されていったのだった。
時折、ふと思い出しても「まさかね」とつぶやきながらその細い空間をとおりぬけることができるようになった。擬似空間にはいりこんでしまったのなら、自ら、そのことに気づくことはできないのだけれど。
posted by フェイユイ at 20:16| クアラルンプール ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。