映画・読書感想記事は基本的にネタバレです。ご注意ください。

2007年10月13日

宮沢賢治

宮沢賢治の物語が好きで手元にもってる物を何度となく読み返しているがとにかく読み方が雑なので読んでいないものも幾つかあるという状態だ。
そういうのもきちんと読んでいきたいと思っている。

ところで中には読んでいたのにもかかわらず、なかなか意味が汲み取れないものもある。
『貝の火』がそのひとつだが、かわいいウサギの男の子ホモイが人助けをしたためにもらった貝の火の意味がわかりそうでわからない。
単純にホモイを「悪い人物」と受け止めて罰を受けた、ということにしていいのか。では貝は何をあらわしてるのか。

ホモイは無邪気な少年で溺れそうになった雲雀の子を懸命に助け、そのお礼として宝物である「貝の火」をもらう。水晶玉の中に美しい炎が絶え間なく燃えている。それを死ぬまで持ち続けた者は僅かだということらしい。ホモイは絶対自分は大丈夫と思っている。

素朴なホモイは助けた雲雀の子の醜さに驚き、宝物をもらったことで急にへつらいだした狐相手に威張りだす。
威張っている間はホモイがどんなに悪いことをしても貝の火は美しく燃えている。ホモイが悪賢い狐に恐れを抱いたとたん貝の火は曇りだし割れてしまうのだ。
ならば宝物と言われる「貝の火」は人助けをした者に対しどういう意味のお礼なのか。他人に暴力をふるっている間は美しく、怖れた時に割れるとは。しかもそれが割れた破片でホモイは盲目となるのだ(ホモイの父が「治してあげるから」と言ってることでもしかしたら一時的なものかもしれないが)
しかも死ぬまで持っていた者は僅かというがそれならその僅かな人たちだけは死ぬまで他人に酷いことをしていた、ということなのか。
狐にそそのかされたためとはいえ、モグラに対するホモイの行動は惨いものである。
だが一方親孝行な面であるとか時には過ちを反省する気持ちから見てもホモイが完全に悪者であるとも言いがたい。
つまりはホモイという人格は非常にリアルな人間的な造形になっているのだが。
「貝の火」が曇る時、読んでいても勿体無いという気持ちになる。どういう気持ちであったとしても雲雀の子の命を救ったのにどうしてホモイはこのような試練を受けなければならなかったのか。

判りそうでいてなんだかわからない。今後の謎解きである。
posted by フェイユイ at 14:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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