映画・読書感想記事は基本的にネタバレです。ご注意ください。

2008年01月15日

誰も寝てはならぬ、プッチーニ「トゥーランドット」より : ポール・ポッツ

今朝TVで知りました、ポール・ポッツ。すでにネット上では有名らしいですがちょっと便乗して、というか私もこのシンデレラストーリーにおおいに感激しております。

めざましテレビで聞いた話ではイギリスの田舎町で貧しい家庭に生まれ育った彼ポール・ポッツはいじめられっ子で歌だけが友達だったそうです。
特別な音楽教育も受けていないそうで携帯電話のセールスマンをしながら歌い続けていた彼がイギリスの、素人からスターを見つけるというような番組に出演した様子がこの中に収録されています。

さっと聞いただけなので間違いがあるかもしれませんがこれでポール・ポッツは一躍有名になって歌手デビューし、女王陛下の前でも歌を披露し、来日公演も決まっているということです。



その道の方が聞けばどうなのか判りませんがポッツ氏の歌声もまた素晴らしいのではないでしょうか。鳥肌たちました。

ポール・ポッツ

Pavarotti - Nessun Dorma
posted by フェイユイ at 10:50| Comment(3) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月14日

『ラストエンペラー夫人 婉容』池内昭一/孫憲治著

以下、どちらも図書館から借りたもの。

『ラストエンペラー夫人 婉容』池内昭一/孫憲治著
写真も載っていて婉容の美しさに感嘆する。この美貌と知性を持った若い女性がすぐに消滅してしまう清朝皇帝の皇后となりその一生を無駄に過ごしてしまうとは酷いことである。
他で読むものより溥儀の姿が浮かんでくるようであった。
溥儀は勿論のこと、清朝最後の人々の話というのは非常に興味深い。溥儀の弟の妻である嵯峨浩との話も悲しい。

『最後の宦官』凌海成著
こちらはあんまりじっくり読まなかったんだけど、また借りることでしょう。
posted by フェイユイ at 17:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月13日

『美男の国ヘ』岩井志麻子

『美男の国へ』遅まきながら『ぼっけえ、きょうてえ』を読んだので志麻子氏の他の著作も読もうと手に取ったのがこれ。

こういった類の男性版は内容の強烈度は別にして多々あるのかもしれないが女性が能動的なものはそうそうお目にかかれないのではないだろうか。私が詳しくないからだけかもしれないが。
ベトナム人、韓国人、中国人の「若くていい男」を相手にとめどない色欲だけで突っ走る志麻子氏を素直に羨ましいと思うか、ふしだらな、と眉をひそめるか。まあ、そういう人はすぐ読むのを止めてしまうはずか。
欲得や計算などなしにひたすら「若くていい男」とのセックスを求める姿が小気味いいほどバイタリティに溢れて応援したくなってしまう。
私的にはとてもこのエネルギーはないので読んで楽しむだけで充分、というところだが多分読者の多くはこういう弱虫なんじゃないかなあ。
いい男が(いい女でもそうだが)ずらりと並んだら「どれがいい?」とすぐ問いたくなるものだが、私は韓国の内縁夫さんがいいなあと思うのだが、これはごく当たり前の選択かもしれない(と勝手に思う)
内縁夫さんとの話はこの中でもしっとりと心の交流があるように思うのだがやはりそれは言葉が日本語で通じるためなんだろうか。

「新潮45」に連載されていた時は『ドスケベ三都ものがたり』と言うタイトルだったらしく、単行本になるにあたってこのタイトルとなり図書館で借りるものとしてはありがたいことである。
タグ:男と女
posted by フェイユイ at 15:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月12日

『乞食の子』頼東進

本を買う余裕がないので最近の読書は殆どが図書館である。どうしても手元に置きたいものはできるだけ古本で購入。普通に手に入れることはよほどでなければない。

これは図書館から借りたもの。
『乞食の子』頼東進著 台湾人の著者による自伝である。タイトルどおり乞食の子として生まれ育った著者の信じられないような過酷な子供時代が描かれている。
盲目で弾き語りをしながら放浪を続ける父と重度の障害者の母、そして自分も含め12人の子供がいる家庭を長男である著者は幼い時から一家の世話をその小さな肩に担う事になる。
激しい差別を受けながら何の補償も手助けもなく(心優しい施しはあるが)しかも行政からは取り締まりにあいながら子供である著者が父に殴られ、人々からは謗られ、ただ一日の家族の糧を洗面器に集めてまわる日常は想像を絶するものがある。しかも彼は私よりわずかに年上なだけでそんな遠い昔の物語ではないのがまたショックである。自分がのんびりと過ごしていた頃に彼はそう遠くもない台湾という土地でこのような日々を過ごしていたのである。
幸運にも(と言っていいのだろうか)あるきっかけから10歳と言う年齢にはなっていたが小学校に通うことになり並外れた才能を発揮して学業・運動に素晴らしい成績をあげることになる。無論そこにも彼のひたむきな努力がある。
彼がこの非情な生活のなかでさえ、家族への愛情をいつも失わずにいたことも豊かな現在の日本の家族の在り方とつい比べてしまうのである。

この自伝を読んでいて思いだすのは同じ台湾を舞台にした白先勇の小説『薛/子]子』である。
描かれている時代はほぼ同じ、か『薛/子]子』の方がやや後になるくらいだろうか。
特に『薛/子]子』の中の老鼠は同じ頼という名前であり、頼東進氏のお姉さんがまだ少女という年齢で買春を強要される場面はその老鼠が助ける事になる売春のために閉じ込められた少女を思い起こさせる。
頼氏自身は特に仲のよかった姉が自分の小学校入学のために買春せざるを得なかったことに衝撃を受け、なんとか助けたいと思いながらも何の手立てもなく泣くしかなかったのが、小説の中の頼少年は閉じ込められた買春少女を逃している、というのが不思議である。

著書はむしろ明るいタッチで書かれているものであるし、そのひたむきさ、家族(特に姉)への深い愛情など感動に溢れる話が次々と語られている。多くの人に読んで欲しい一冊である。
タグ:自伝
posted by フェイユイ at 14:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月01日

今年こそは!とか

あけましておめでとうございます。
いつも少しずつ書いていこうと思いながら却ってますます減少していくこのブログ。
今年もまたなにかちょこっとずつ書きたいものだとしつこく思ってします。
しかしほんの数行でも文章を書くのは難しいものなのですね。
とにかく気取らず、身の回りのことやTV新聞(雑誌は殆ど読まないので)ラジオで聞いたこと、読書の簡単な感想をと思ってはいるのですが。

読書は殆ど図書館で借りたものからと言っていいでしょうか。それでもいいのですが乱読なので考えがまとまらなくて。
買ったものでは『神の棄てた裸体』を読みました。イスラーム夜を歩くという副題で『そこで見たものは、戒律から外れたイスラームの性」という帯がついてます。
非常に生々しい描写による男女の売春や虐げられ差別される人々の性のあり方を興味深く読んだのですが、こういうものを読むとつい「でも普通のお嬢さんや奥さん方の性が知りたいのだよね」とか思ってしまうのです。しかし普通のお嬢さん・奥さん方の性というのはなかなか暴くのは難しいわけですよね。そういう人々は自分を隠すものですし。そういうのを書こうと思うならイスラームの普通の女性と結婚してその性生活をばらすしかないけどその相手が日本人の自分じゃ意味がないわけで、結局イスラームの女性と男性が書いたものを待つしかないのでしょう。
私はまだなかなか見る機会に恵まれませんが昨今はイスラム文化についての著作・映画など多く紹介されているように思えます。
日本女性も随分虐げられた存在(っていうのか、従順だとか、控えめだとか、男尊女卑だとか)と思われてきたように思えますが、それも事実でありながらそれだけとも言えない部分もあるし、大きく変わってきたところもあるわけで、イスラム圏のそういったことにも興味をひかれるのです。
posted by フェイユイ at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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