映画・読書感想記事は基本的にネタバレです。ご注意ください。

2006年09月26日

猫は家につく

猫は家につく、ということわざが本当か試してみる、というのをテレビ番組でやっていた。
実際「この子は私がいないと駄目なの」的に可愛がっている方でさえ猫の愛情を引き止めることはできなかった。
同じ家にさえいれば猫は、ご主人が赤の他人に変わっていてもちっとも構わなかったのである(大体ご主人なんて思ってやしないのだ)飼い主のショックの大きさを思うと胸が痛む。

そうとわかっていてもいやだからこそ猫好きはどうしても猫が可愛くて仕方ないのだ。
私は犬も好きだけど猫の魅力は他と比較しょうがない。可愛い顔に柔らかな肢体そして悪魔的な性格と女性でこのようなタイプがいたらまず男は参ってしまいそうである。
 
長い間飼っていた猫がいた。もう死んでしまってだいぶたつが今でも彼女の話になると可愛かった、と褒めちぎり。悪さも随分したんだけど、なぜか猫だと許してしまう。
ただし燕を獲ってくるのだけはどうしても勘弁して欲しかった(でもこれはご主人に獲物を見せにきたってことで怒っちゃいけない、と聞いて怒るわけにもいかないのであった)

ああ、可愛いにゃんこよ。

タグ:動物
posted by フェイユイ at 23:12| 香港 | Comment(0) | TrackBack(0) | 動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月21日

国際ラリー「北京―ウランバートル2006 カブ号再挑戦

昨日の昼、フジのニュースで、愛媛の銀行員3人が国際ラリー「北京―ウランバートル2006」を走破したというのを知った。
去年同じ銀行員の男性が単独スーパーカブで同ラリー(距離は今年が長くなってる)に挑戦し、やむなく3日で中断せざるを得なかった、というのを忘れられなかった。
3日というのはなんだか笑われてしまいそうな寂しい数字だけどその勇気と言うか無茶というか感激してしまったものだ。スーパーカブ(調整はしてあったと思うが)というのも何とも日本的でうれしいではないか。

ただ小さなカブ号で広大なモンゴルを走破するのは想像できないほどの困難だったのではないだろうか。
中断してしまった方の無念を思うとどうしても忘れることができなかった。が、まさか同銀行の後輩の3人が再挑戦されていたとは。
しかもそのうち一人は女性である(しかも車を運転して!)凄い!
スーパーカブで参加の平岡さん、ジムニーで参加の仙波さん月岡さん。
以前無理だったものをどういう工夫で完走できたのか。本当に凄いことである。
走ってる時は無我夢中で美しいはずの景色も見えなかったらしい。
ラリーにでることもない一凡人としてはモンゴルの大草原をひたすら走る光景をただ想像してみるしかない。
タグ:ラリー 草原
posted by フェイユイ at 11:01| 香港 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 冒険 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

プミポン国王

タイでクーデターが起こり、タクシン政権が崩壊した、というニュースがあった。
テレビで観てるとクーデターとは言え比較的のんびりしているようで観光客も全然平気ということらしい。気をつけてという注意はあったそうだが。

ここで知ったのがプミポン国王。国民から非常に敬愛されている国王ということだ。
クーデターと言っても皆起こる事がわかっていて王には忠誠を尽くし、静かなものであるというかなりタイ独特のものだったようだ。

うちはラジオでクロスFMを聞いていて毎日のようにタイ情報のコーナーがあるのだが、そういった政治的な話はしないものだ。今日でさえ何も言わなかった!まあ旅行に来てください、という主旨のラジオ番組だからクーデターはちとまずいだろうが。

特に女性に人気があるらしいが、私も行ってみたい国のひとつである。
タグ:タイ
posted by フェイユイ at 21:11| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 外国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

衣替えだが服は変わらず

重い腰を上げて衣服を夏物から秋物に替えていく。子供たちは大きくなるので去年の服は切れなくなったりするが自分の服はもう何年も同じだ。経済的ではあるがいつまでたっても同じ服を着ている。
まあお金持ちなら流行り廃りで服を買うのは当たり前だろうがまだ着れるのに服を買うのはもったいなさ過ぎてできない。一体何年着てんだろう、てのがたくさんある。

仕事柄、スーツなど着る必要もなし、着る物だけは若い時と同じつまりカジュアル一辺倒だ。パンプスなどに憧れを持ちながらも結局同じカジュアル服を着続ける一生であろうか。(おばあちゃんになってもジーンズ・Tシャツだな)
タグ:衣服
posted by フェイユイ at 12:36| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 季節 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月18日

台風一過

昨日は九州直撃の台風で停電。
今日午前11時まで電気が来なかった。こういう時いつも言われることだが、本当に毎日電気に頼り切って生活しているのだ、と痛感させられる。無論、ガスや水道だってそうなんだけどね。
福岡は午後7時前から風が強くなりこの恐怖感は久し振りのものだった。そして停電。テレビもシャワーもポットも駄目。インターネットもしかりである。そして真っ暗の中でろうそくを探し出し強風の音を聞きながら家が飛んでいってしまいかとぶるぶるしてるのは悲しいものである。
実際ニュースでは災害にあわれて気の毒な方々が少なくない。自分などはまだ幸運なうちだと感謝。
何度台風にあっても慣れるものでもなく来て欲しくないものだ。
後始末がまた大変。まあとにかくご飯の用意もできないし掃除機も洗濯機も使えないので途方にくれる。
皿洗い機も黙ったままか。電話のベルも物悲しいか細い音に変わる。冷蔵庫には大して買い置きをしてなかったのがせめてもの救い。
雨が酷い時は雨漏りで泣いたなあ。
台風さまよ、もううちのボロ屋を痛めつけないでくだされ。
posted by フェイユイ at 20:00| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 季節 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月09日

「李香蘭 私の半生」山口淑子・藤原作弥 (著)

名前は聞いたことがあるけど、よくは知らない、そんな人だった。安彦良和の「虹色のトロツキー」にわずかではありますがヒロイン麗花に似ている女優という設定で登場したのが少し知ったきっかけ、というくらいのものでした。
波乱万丈と言うけれどまさしくその言葉どおりの人生。でも本人はたまたま中国に生まれ、中国語が話せた(父親の教育のためだが)そして歌の稽古をしていた、ということで恐ろしい歴史の戦いの中に巻き込まれていってしまったのだろうか。
とはいえそのエキゾチックな美貌が彼女の運命を左右してしまったのは確かなのだろう。彼女は行くところでその国の血を持っていると思わせる不思議なところがあったようだ。
多分その時代にいたら李香蘭が日本人なのか中国人なのかきっとわからなかったに違いない。ご本人もはっきりとわからないでいるのではないのだろうか。確かに彼女は佐賀県人の父と福岡県人の母をもつ日本人なのだが、中国で生まれ育ち日本に戻ると体の具合が悪くなってしまうほどなのだから。そしてそんな彼女への日本人の仕打ちはその当時当たり前の言動だったとは言え、読んでいてもむかっ腹がたつものだ。故郷に憧れながらもそこに対して拒絶反応を持ってしまうのだ(日本人のメンタリティがなかなか受け入れがたかったようだ)

ここでこんな風に書いていてもとても彼女の半生を語りきれるものではない。却って誤解を生みそうで怖い。
そのくらい日本と中国の人々の間で揺れ動いた心をこの中で表現されていると思う。
中国人との深いつながりがありながらも日本人との交流もさまざまにある。そしてその名前の凄いこと。歴史の本を読んでいるかの如くである。
が、ごく身近な人とのロマンスもあってそれもまた彼女の魅力なのだろう、と思わせる。

「虹色のトロツキー」でもあった川島芳子は特に印象的な描写であった。
そして数多くの映画人、政治家たち。何も知らない少女は確かに彼らに操られ利用されているのだが、この凄まじい境遇をなんと力強く生き抜いていったのか。川島芳子のようにクスリに溺れてしまう人生を歩んだかもしれない。川島芳子本人が嘆くようにどこにも行き先のない末路だったかもしれない。

李香蘭は黒澤明監督の「醜聞スキャンダル」でその姿を見ることができる。山口淑子というのが彼女の日本人名である。

ここに書いたのは伝記の極々一部にしか過ぎない。
タグ:女性 歴史
posted by フェイユイ at 17:10| 香港 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月08日

わたしを離さないで

イシグロ.jpg

ゾクゾクするような戦慄を覚えながら、没頭して読んでしまった。
(ネタバレになってしまうので未読の方はご用心ください)




あっと驚く謎解き、と言うように書かれていたように思うが、クローン人間という報道がされた時、こういう可能性を考えた方はかなりいるのではないでしょうか。
実は私も知ってすぐ色々な想像を働かせてしまった。無論、この小説のように明確なストーリーを考えたわけではない。
この中にも書かれているが内臓提供者をここまで丁寧に育てるのはコストがかかりすぎるし、人権にも関わる。
私は聞いたのか想像したのか覚えてないが、そのためにモノを考える脳の部分を未発達にさせるもしくはなくし(なくして生きられるのかは知らない)ただの生きているだけの提供者を保存しておくわけだ。
ところが惨いことに切り取ったはずの大脳が発達し、何人か思考できる提供者が存在してしまう。
そこで物語の主人公は内臓提供をしながらも思考する、という恐ろしい状況を考えてしまった。
この想像は暫く私の頭を離れず、自分がそのような者に生まれ変わったら、と思うと恐ろしかった。

カズオ・イシグロ氏の小説は私のようなSF的なニュアンスというよりもっとリアリティを感じさせられるものであり、むしろ呪縛された人間の悲しみというものを描くための設定としてあるように思える。

多分出発点は同じものだったのにこんなにも魅力ある物語、悲しい青春というストーリーが生み出されるとは。
イシグロ氏の文のせいなのか、キャシーという英語名にも拘らず、自己投影してしまう。もしかしたら、英語名というだけで日系なのかもしれない、とも思えてしまうし。

静かな語り口だが非常に迫力があり一気に読ませてくれる素晴らしい小説だ。

わたしを離さないで
タグ:生命
posted by フェイユイ at 16:37| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月04日

家の中では素っ裸

トートツだが。
以前、村上春樹氏のエッセイを読んでたら「世の中には結構家では裸で過ごす女性が多い」というのがあった。
そういえば美しき叶姉妹もそうだとか聞いたっけ。そうじゃなくて中年主婦で裸で家事をするのが好きとか言う人は世の中に結構いるらしい。これは多分人には言えない秘密なんだろうか「信じられない。私は違うわ」なーんて言っても実は家では素っ裸ということもあるのだろうか?
と言うと真実味がないが私はたとえ一人暮らしでもマッパで過ごした事はなかった。裸より服を着ていたほうが落ち着く。でも裸好き(自分のネ)の方は裸でいる方がより快適なのであろう。夏が終わり少し肌寒くなれば裸主義の人も少なくなるのかもしれないが、この夏、家ではいつも素っ裸だったよ、という女性は少なくないのかもしれない。
タグ:主義
posted by フェイユイ at 00:03| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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