映画・読書感想記事は基本的にネタバレです。ご注意ください。

2006年08月27日

「アイ・ラブ・ルーシー」

「アイ・ラブ・ルーシー」「ルーシー・ショー」ご当地のアメリカはもとより日本でも大人気の連続テレビドラマだったようです。私も観る機会はあったと思うんですが残念ながら観たという記憶はないのですよねー。
なのになぜこれを書いてるかというとちょい前にテレビでこの「アイ・ラブ・ルーシー」の特集番組みたいのをやっていて非常に興味深くちょっと涙ぐんでしまうくらいだったからなんですが。

それで知ったルーシーなるアメリカのご婦人はいかにもアメリカ的に底抜けに明るくて凄くおかしなことを次々とやらかしてはみんなを笑の渦に巻き込んでしまう人気者なのでした。でもそれを演じていたルシル・ボールさんはそんな人気者にも関わらず決して威張った所のない気さくなひとだったようです。この二つの番組は(もう一つ間にあったらしいですが)主人公役のルシル・ボールと夫役のデジ・アーネイズは実生活でも夫婦だったと言う事です。
ここでびっくりしたのは(これがあったので記事を書いてるわけですが)そのルシルさんが実際の夫(といってもドラマでも夫)との間に赤ちゃんが出来てしまった。つまり妊娠してしまったわけですね。大人気連続番組の途中でのアクシデント、といってもメデタイ事なのですからスタッフは大いに弱ったのです。
ドラマ自体が夫婦の話なのですから赤ちゃんができちゃった、という物語にしてもいいのですが、その頃のアメリカでは妊娠した女性をテレビで映すのはタブーだったのです!そのわけは「何故、妊娠したのかという理由がいかがわしいものだから」
これには驚きましたね。人生での最高の幸せな(まあ、結婚してからと言う安定した状態なら)状況に変化した身体がテレビでは「いかがわしいから映せない」というのですから。
しかし現にルシルは妊娠しているわけです。ここでとうとうこの番組はルーシーに赤ちゃんができた!という設定を敢行し、初めて(と言っていたのだ。本当かは知らない)アメリカのテレビ番組で妊婦の姿を映したのだそうな。ルーシーが着々とおなかを大きくして物語の中でも妊婦の悩みや幸せを演じる事でアメリカの悩める妊婦達は大変勇気付けられたとか。今ではアイドルのブリトニーなんかもどうどうと大きなおなかをテレビで映しているのにそんな時代もあったわけですね。ということは妊婦がテレビに映ってるのを今でも「いやらしい」と思ってみてる方々もいるわけなんだろうなあ。
この辺、日本ではどうなんでしょう。全然そういうの考えたことありませんでした。
ここでドラマに戻るとルーシーが妊娠した事をダンナに伝えるため、職場(テレビ局?)のショーの途中で公衆の前で伝えてだんなは感極まって涙をこぼすという感激の物語となっていました(私ももらい泣きした)
この「アイラブルーシー」のあと二人は離婚し「ルーシーショー」では独り身となったルーシーが子育てをしながら大奮闘するということらしい。しかもこのときの実際のルシルさんは50代だったそうですが、いやあ凄いものですね。
タグ:妊娠
posted by フェイユイ at 19:31| 香港 ☁| Comment(1) | TrackBack(2) | ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夏の終わり、秋の始まり

やっと暑い九州の夏も少しずつ和らいできている。
昼間はまださすがにうだる暑さだが、夜などは風の中に涼しさを感じる。
ほっとするひと時だ。

暑さに疲れた体は秋を待ち望んでいる。冬が来て寒さに悲鳴を上げる頃になると春を待ち、そしてまた。
何度も繰り返す気持ちだけどいつも同じように感じてしまうものだ。いや、年をとると極端な暑さ寒さが耐え切れず昔以上に季節の移り変わりを待ち望んでしまうようだ。それだからまた早く年をとってしまうのかもしれない。

早く長袖シャツにセーターなど着るような季節になって欲しい、などとやはり考えてしまう。
タグ:季節
posted by フェイユイ at 10:22| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 季節 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月20日

凄かった!駒沢苫小牧×早実

甲子園大会、駒沢苫小牧×早実の試合を(2回くらいからではあったが)観てしまった。
凄い試合でありましたね。何となく高校野球・甲子園って決勝戦はあっさり終わるってイメージがあったんですが、これは行けども行けども点は入らない。双方のピッチャーが対照的で(容貌も)おもしろかった。最初はむしろ(普通反対かもしんないが)苫小牧の投手のキャラクターが印象的で応援してたんですけど途中から早実の斉藤投手のピッチングに心打たれまして(クールな優男と思ってたらとんでもなく情熱的な選手なのだろうな。特に最後の打者に投げた球が147キロを出したと言うのが彼の熱い気持ちを物語っています)俄然早実びいきに。いや、とにかく特に肩入れする必要のない身としては両方応援してるようなもんで、どうなる事かと固唾を呑んで見守っていたのですが。
それにしても斉藤投手の人気は凄いみたいでハンカチ(タオル)で汗を拭く様子がたまらないらしい(ははは)きりりとした品のよさがありますよね。早実の先輩・荒木大輔を彷彿とさせるらしい。(荒木が大人気だったのはさすがに覚えてるけど斉藤君のほうが可愛いですよ)

まさか延長15回で明日再試合になるとは!もう最後辺りはどっちでもいいからどうにかしてくれ〜って叫んでたんですが。

二人の投手は勿論、みんなもうへろへろだろうけど、高校生だからまた元気になるのだろうか。応援の方々も大変であります。
とにかくみんなの記憶に残る名勝負であったことは確かですね!明日もまた死闘になるのでしょうか。

とにかく夏の甲子園決勝の引き分け再試合は、69年の松山商(愛媛)―三沢(青森)以来37年ぶり2度目っていうんですね(この時、三沢に太田投手がいて大変なアイドル的人気だったのが斉藤投手と重なります)
早実は初優勝を目指し、しかも大先輩である王監督(ソフトバンクの)の手術後のいい薬になる為にってことらしいし、苫小牧は3連覇がかかってるってんでまあこの辺も双方意気込みがあるわけです。
なんにしても注目ですね。
タグ:野球
posted by フェイユイ at 19:43| 香港 🌁| Comment(2) | TrackBack(1) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月18日

会社員と風来坊(釣りバカと寅さん)

大人気の「釣りバカ日誌」主役の西田敏行も三國連太郎も好きなのですが、ずっとちゃんと観た事はなかったのですよ。
それがこの前、家族の者が観ていたのでちょろちょろと観ていました。(しかも家族は先に寝てしまいました)
お話としては好きな範疇ではないけどそれについてはどうこう言う事はないし、出てる役者さんも上手いので文句はありません。
ただこの回の1エピソードに驚いたのでした。(すみません、何作目の話かは判りません)

それというのは、浜ちゃんの会社である上司が(谷啓さんだったかな)女子社員を誰もいない部屋に呼ぶ。「何でしょう」と聞く女子社員の前で上司黙ったままいきなりズボンを脱ぐ。女子社員の「きゃー!」という悲鳴に浜ちゃんはじめ何人かの男女社員が駆けつけるとそこにはうずくまった女子社員とズボンを脱いだ上司が二人きり。「何をする」と飛びかかる社員たちに上司は「ばか者!私はただ彼女にズボンの破れたのを縫ってもらおうとしただけだ。私にだって選ぶ権利がある」などと言うようなことを叫び、ちょうど股の部分が破れたのを見せるのです。
勿論浜ちゃんたちは「なーんだ」っていうことで笑っておしまいだったのですが、これで驚いたのはそのコテコテの勘違いギャグと言うわけではなく私にも選ぶ権利がある、などと無神経な発言ということでもなく(まあそれもありますが)普通の常識で考えれば股の部分という清潔でない部分を家族でもない女子社員に繕わせようという上司の「当たり前」という感覚です。
しかも皆それで納得してしまったし。
これは決して時代のせい、ではないはずですよ。
これがもし寅さんだったら「このバカ上司。てめえの汚い尻の破れをなんだってこのお嬢さんが縫ってやらなきゃいけねえんだ」って言ってくれそうです。
が、よく考えたら寅さんは風来坊です。風来坊は心が優しいかもしれないけど、この映画はがっちり身分制度がある会社なわけですね。
私は会社務めと言う事をした事がないのでそういった社会制度というのを知らないのかもしれません。
会社に勤めているなら上司のズボンの股の部分を脱いですぐの奴を繕って差し上げるのが当たり前なのかもしれませんねえ。
そういうことを女子社員がさせられてても「なあんだ、ズボンの尻の破れを縫ってくれと言われただけかあ」と皆納得するものなのですね。
寅さんだったら「自分で縫いな」と言ってくれそうなんですが。風来坊でなければそういう言葉は出てこないのかも知れません。

しかもこの話はホントに男性方というか会社員方の夢物語なのだなーと感じました。
一介の社員が好きな釣りを通じて社長と友達になり、奥さんは美人で包容力がある。まさに理想ですね。
この女子社員を二人きりの部屋に連れて行っていきなりズボンを脱ぐ、という行為も「やってみたいなあ」という憧れの行動なのでしょう。しかもその後で飛び掛ってきた部下たちに「ばか者!」と叱咤する。自分は潔白、繕い物をして欲しかっただけなのだ、わからんのか。
別に女性差別!とか言って怒ってるわけではなくて相手が男だったとしてもこういうことを頼むってのが、はあ会社ってこういうのなんだ。大変だなって思ったわけでした。
タグ:風来坊 会社
posted by フェイユイ at 23:27| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月14日

ジーコ

オシムが物凄い期待と共に登場しジーコはトルコに行ってしまった。ジーコジャパンと呼ばれた日本代表のワールドカップの試合結果が残念な者だったのだから仕方ないけど。やっぱり思い出はたくさんあるのだ。

Jリーグが発足して果たして日本でサッカーが根付くのだろうかという危惧もあったあの頃Jリーグを引っ張っていった一人はジーコであったはずだ。
アントラーズという小さな(今は違いますよ!まああの頃はそんなイメージだった他の地方の者から見れば)球団に入ったジーコとアルシンドのコンビプレーは(まだジーコさん、プレイしてた)ホントに凄くて夢のようだったなあ。ヴェルディが圧倒的に人気だったけど私はアントラーズのサッカーが凄く好きだった。
しかもジーコさんはブラジルに帰りそうで帰らずずっとアントラーズと日本のサッカーを支え続けてくれた(と思っていますが)
とはいえジーコさんが代表の監督になった時は正直不安はあったがもしかしたら、という安易な希望を持ったことは確かだ(笑)

そんなジーコがなんだか突然いなくなって変な感じだ。ジーコはワールドカップドイツ大会の時だけの人ではない(その辺はトルシエとは思い入れが違うのだ)10何年ずっといた人なんだ。

ジーコがブラジルで選手として活躍してた頃は残念ながら知らないがジーコのサッカーを少しでも(テレビでとは言え)観れたのはよかった。アントラーズの地元の人たちがジーコをどう見てるのかは知らないけど私としてはジーコがJリーグを発展させてくれた人だという印象は変わらない。

オシムが代表監督になってジーコが日本を去り中田が現役選手をやめてしまいほんとに日本サッカーも変わっていくのだろうな。
タグ:ジーコ
posted by フェイユイ at 18:55| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月06日

桜庭の試合と亀田の試合

8月5日『 HERO'S 2006 ミドル&ライトヘビー級世界最強王者決定トーナメント準々決勝』桜庭和志vsケスタティス・スミルノヴァス。
桜庭の腕ひしぎ十字固めという結果でしたが、もう途中で負けたというか死んじゃったかと思いましたね。
完全に意識は吹っ飛んでいたと思われますが、物凄い戦いでした。スミルノヴァスにぼこぼこにされもーろーとした状態で立ち上がった桜庭、どうするのか、と思ったら反撃の末の腕ひしぎ、甘いかなと思ってたら体勢立て直してがっちり決まった。ハー怖ろしい試合でした。

先日の亀田兄のWBA世界ライトフライ級王座決定戦もこのようなものであったらとみんな(私も含めて)思っていたのだろうな。
亀田父兄弟のやんちゃなキャラクターぶりが私も好きで勝ちますように、と応援しながら観てましたが。その甘い目を通してもまさか?の勝利。せめてドローにして欲しかったがなあ。ていうかどう見たって素人目にはランダエタ選手の方のパンチが効いていて亀田兄はふらふらだったが?ボクシングって強い方が勝ちじゃないのか?単純に。

後で聞くと採点方法がこのようになってるので勝ちは勝ちとか。むむむ。解るけど亀田兄だったらもっとやんちゃに勝って欲しかった、というみんなの気持ちなんだと思うのだよね。コソクに勝って欲しくない。
まあ今後の戦いぶりに注目しよう。

それにしても桜庭って別に今まで詳しく知ってたわけじゃないけどこんな試合見せられたらかっこいーって思ってしまうよね。謙虚な態度も好感度高し?(笑)
タグ:格闘技
posted by フェイユイ at 15:48| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月04日

科学忍者隊ガッチャマン

ちょっと前にテレビで「ガッチャマン」の最終回(?)だかをやっていて何気なく観ていた。
無論、遠い昔アニメなら何でも観ていた頃には観ていたシリーズだ。だけど一つ一つの話はさほど覚えていなかった。

そこで感じたのはガッチャマンというちょっと奇妙な名前をつけられたスーパーヒーロー達が、こんなにも可哀想な境遇だったのか、ということだった。

確かに記憶でも彼らは孤児であるか両親と死に別れている(ミミズクのリュウだけは両親がいるが)という存在だった。
彼らは他の多くのヒーローと違い世間には知られていないという設定ではなかったか。何しろ科学忍者隊、ということなのだから「隠密」なのであり大きな組織の中のある意味実験道具のようなものなのではないのだろうか。

子供の時はなんとも思っていなかったが、まだ幼いといっていい燕の甚平をはじめ皆ほんの若者なのだ。
だが与えられた武器は「科学忍法火の鳥」のように怖ろしく身体に被害を受けるものなのだ。
これは彼らがいつ死んでも構わない、という冷酷な指令なのだ。

最後はそんな彼らの、自分たち以外には誰も彼らを思う人はいない、という酷く悲しいものだった。
結局彼らは組織(国家か国際的なものか覚えていないが)から打ち出される弾にしか過ぎないのだ。

キャラクターもデザインも華やかでかっこよく思い込んでいた「ガッチャマン」だったが、科学と忍者という言葉が怖ろしい意味も含んでいたとは気づいていなかった。

記憶があまりに曖昧で書いていても頼りなさ過ぎ。もう一回観てみたいものだ。

追記:GyaoでちょうどガッチャマンUをやっていたので途中だけなんだけど見てみた。
そう思ってみているとセリフの端々に彼らの運命が物語られているようで悲しい。
それにしてもキャラクターデザインがすばらしい!敵もみかたも長髪はねっ毛が素敵だしベルボトムのジーンズがいかしている。

しかしギャラクターの手下どもが「ガッチャマンに違いねえ」としゃべるのがおかしい。江戸っ子だったに違いない。

ガッチャマンUではべルクカッツェの後継者がゲル・サドラという名前だと言うことを知った。ウーム、妖しい雰囲気は同じだ。
タグ:忍者
posted by フェイユイ at 19:10| 香港 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月03日

久野久

何故これを買って読んだのか、今ではもう記憶がない。

有名な女流ピアニスト中村紘子さんの著書「ピアニストという蛮族がいる」の中に久野久というちょっと不思議な感じのする名前の女流ピアニストについての記述がある。
他にも様々なピアニスト達が描かれているのだが私にはこの久野久の描写が特に興味深く何度も読んだ。
彼女は明治後期から大正にかけて最も有名なピアニストだったらしい。といっても日本と言う国がまだやっと西洋文化に向けて開き始めた頃のことである。

日本人にとってまだピアノを弾く、ということ自体が馴染みのない時代の中でピアニストとなった一人の女性の背負った運命と言うのは読むのが耐え難いほど恥ずかしく辛いものだったようだ。
彼女の教官であった幸田延の話と共に日本でのピアノに対する認識は私も昔そう言われていたような、という記憶がある。
例えば、ピアノを弾く時手を丸めて高い位置から叩くように弾くとか、ピアニストと言うのは髪を振り乱してピアノを叩きのめすのか(どちらにしても激しい動きが必要)

久野久という日本ピアノ黎明期を歩まねばならなかった一人の女性の人生を著者は同情を含みながらも辛辣に書いている。

それは新しい文化に憧れ、立ち向かわねばならないものの宿命、なのだろうか。
タグ:ピアニスト
posted by フェイユイ at 19:08| 香港 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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