映画・読書感想記事は基本的にネタバレです。ご注意ください。

2005年02月24日

ブログについて

ブログを始める時、とりあえず自分で決めたことがある。
まず1、人を傷つけないこと。これはもうマナーなのであたりまえですが、どうしてもつい気づかずやってしまうものだ。こう書いてても「きっと傷つけたことはあるだろうな」と思ってしまう。調子に乗って書いてるとやってしまうものだ。気をつけねば。
2、上記に反しない限り、嘘はつかない。ていうか、思ってもいないことは書かない。つまらないのにおもしろかったとか、解らないのに解ったふりとか。かっこつけない、ということですね。
3、平易な文章で書く。普段使わない言葉、横文字、意味が解らないような単語などは使わない。できるだけ簡単な言葉で的確にまたジョークも交えて、というのが理想ですが、なかなかそこまでいけない・・・・。一応、理想。
こう書きたいなあと思う文章をブログで表現されてる方もちゃんといらっしゃるわけで、いつも感心するのですが、難しいですなあ。

遠い道のりですが、精進したいと思っておりますwしかし文体もばらばらだし、感想を書こうとしても何も思いつかないし、本当に表現って難しい。
posted by フェイユイ at 22:51| 香港 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ムーダン」という名前

ジョウシュン2.bmp

私事なのですが、「ムーダン」という名前の由来は、このブログにも写真を使わせていただいてる、中国の美人女優・周迅主演作「ふたりの人魚」の少女を愛するあまり、その名前をいただいたものである(この写真はムーダンではない、と思う。ややこしい)
ある時、ふとこの「ムーダン」というのをインターネット検索してみると、トップには韓国のシャーマンとでてくるではないか。ひゃー、これでは私が何か特別な力を持つものか、あこがれているようではないか。ものを知らない、とはこういうところで戸惑うことになる。

というわけで、決して「ムーダン」は巫女さんではなくて可愛らしい周迅に惚れただけなのである。霊能力などはありませんので、よろしく。
posted by フェイユイ at 16:51| 香港 🌁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月19日

山岸凉子〜美しさと恐怖〜

山岸凉子といえば「怖い」という言葉が浮かんでくる。それもただの脅かしや残酷性を出したものでなく、人の心理の奥に潜む「怖い」だ。その絵はあくまでも美しい。その美しい登場人物たちが「恐怖」を呼び覚ます。

彼女の漫画を初めて知ったのは「アラベスク」だ。ロシアバレエの美しさがそれまでにないリアルさで描かれたすばらしい漫画だ。
が、その漫画でも美しいバレリーナとまた美しいピアノ奏者の女性との葛藤などは美しいなかに恐ろしい何かを秘めていた。
(そしてその系譜は現在の「テレプシコーラ」により現れて来る)

山岸凉子の優れた「怖い」漫画は凄まじく多い。「ねじの叫び」から「ゆうれい談」「ひいなの埋葬」「ハーピー」「天人唐草」「バンシー泣き女」「あやかしの舘」以後は「怖い」モノだらけだ。
美しいものと「怖い」ものはやはり表裏一体なのだろうか。彼女の怖さはその美しさがあってこそ,と思う。

そして恐怖は西洋から日本が舞台になることが増え、ますます強くなっていく。(バレエも昔は舞台がソビエトだったのに、今は日本になった)恐怖は近いほどより感じるはずだからだ。

そして、山岸凉子を語るのに忘れるわけにいかないのが「日出処の天子」だ。厩戸王子ほど美しく「怖い」人はいないだろうから。

(変な言い方だがこの漫画はもっと有名になっていいだけのものがあると思うのだが、やはり厩戸王子と毛人との関係がそれを阻んでいるのだろうか?だが、それなくしてはこのまんがの意味がない。類まれな美しさと知性とふしぎな力を持つ厩戸王子をもっと多くの人に知って欲しい)
posted by フェイユイ at 19:54| 香港 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | まんが | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月16日

陪審員制度

最近話題になってることで(オ、珍しい)陪審員制度というものがあるが、アレはほんとに気になってる。気になるんで三谷幸喜の「12人の優しい日本人」まで見た。おもしろかった。が、これが自分の身に訪れるとなるとおもしろいで済むのか?多くの人が案じてるように、他の人の人生を決めてしまうことの責任の重さにたえきれるのだろうか?推理モノや殺人モノなんかは、へらへら喜んでみてる私だが、自分が人を死刑だとか、終身刑だとか、また逆に殺人を犯したものを哀れんでしまったりとか、考えると恐ろしい。確か4年後くらいには実行されるのだったか。勿論仕事のある身でそれも気になる(映画でも随分ごねてたっけ)
もしかしたら、勘違いしてる部分もあるのかも知れないが、ちらちらとテレビなどで目にするたび、自分をそこに当てはめて考えてみるが、私の頭では何の結論も出ようがない。
変な人のふりをしたらいいのか?断固拒否したらいいのかな?しかしそれも国民として自分を恥ずかしく思うだろうし。何だか、最初は「きっとうそだろ」と思ってたのが、全然否定されないまま、近づいていくみたいで、けっこう怖いです。しかも、これはずーっといつ指名されるかわかんないわけだしね。ほんとにどうなるのか?
posted by フェイユイ at 19:31| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月13日

倉田江美

少女マンガというのは大体からだが細いものではある。が、彼女の描くそれはほとんど鉛筆並みである。しかも少女マンガの美の基準から大きく逸脱していると思われるその容貌もまた極端にとんがりであり、愛くるしさという言葉とは無縁の産物だ。
ストーリーもその外見のようにちょっとすねてたりして、あまり重々しくないものが多かった。
「ジョジョの詩」というなかなかファンタジックな物語がその出会いだったろう。ジョジョ君は華麗というのではないが、細身で少年らしい魅力があったと記憶している。かわいい女の子も一所懸命かいてあったような気がする。

「宇宙を作るオトコ 」「ド−バ−越えて 」「五十子さんの日 」「栗の木のある家 」「一万十秒物語 」「 樹の実草の実 」「 エスの解放 」などを読んだと思う。
posted by フェイユイ at 19:54| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | まんが | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大島弓子

昨日はうっかりして萩尾望都さんのエントリをアップした後で、以前にも書いていたことにj気づく。しかも内容ほとんど同じ。んー、でもそのままにしておきましょう。そのくらい萩尾さんが好きということで。

今日は大島弓子。最初読んだのは「すべて緑になる日まで」だったかな。萩尾さんや竹宮さんと違い、女の子らしい甘い絵柄なので最初は入れなかったんだけど、読むうちにこれはすごい人だと認識。「綿の国星」シリーズは勿論たくさんの短編はすばらしい。「ジョカへ」「いちご物語」「F式蘭丸」「ヨハネが好き」「いたい棘いたくない棘」「夏の終わりのト短調」「シンジラレネーション」「バナナブレッドのプディング」「四月怪談」あまりに多いのでここで割愛。そのタイトルだけでもなんだか》少女らしい詩情にあふれたものだ。男の子も女の子も細くてやわらかくてふわふわした感じである。だが、萩尾さんたちとはまた違う人間の心理描写に次第にのめりこんでいったものでした。

posted by フェイユイ at 13:04| 香港 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

三原順

「はみだしっ子」シリーズを読んだのはまだ自分自身も子供といっていい時期だったろう。それにしても彼らはあまりにも世の中を大人をにらみつけ過ぎてやしないか、とも思っていた。だが、むしろ大人になって、そして現在という時に彼らの存在は解る気がする。

反発を覚えた、といってもやはり幼い4人組に心惹かれた。一番大人っぽい感じのするでもやはり繊細なグレアム。一番尖ってて、頭のきれるアンジー(怒りっぽいという意味ではない)、一見タフそうで一番壊れそうなサーニン。かわいらしくてみんなのアイドル、マックス。作者はくりかえし彼ら4人がどんなに愛されたいのかを描いていたかのように思う。

三原順が若くしてなくなったのは本当に残念なことだ。
posted by フェイユイ at 00:04| 香港 | Comment(0) | TrackBack(0) | まんが | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月12日

竹宮惠子

あの頃最も危険な香りの少女漫画家といえば竹宮惠子でしょう。無論それは「風と木の詩」を頂点として。美しいジルベールとセルジュの危険な恋物語は目を離さずにはおれませんでした。正統派な感じのする萩尾望都に比べなんとも癖のある時には毒のような気さえする竹宮惠子の漫画をそれでも全て読んでしまう私でした。「風木」と共にまた妖しい魅力のエドアルド・ソルティやウォルフガング・リヒティ、ホルバート・メチェック氏の一連の作品、「ファラオの墓」すらも何か見てはいけないような危険なものがありました。
「空が好き!」のタグ・パリジャンの「ノエルノエル」なんかもすきでしたね。
posted by フェイユイ at 19:42| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | まんが | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

萩尾望都

中学生時代、最も多感の時、読んだものはずっと心に残るものではないだろうか。その一人が萩尾望都さんだということはうれしいことだ。
「ポーの一族」を初めて読んだ時の感動は忘れない。エドガー、メリーベル、アラン、美しいバンパネラである3人のまるで映画をそのまま見ているかのように感じさせる漫画のうまさ、絵の美しさ、ストーリーの巧みさ。セリフや地の文もきめ細かく知性を感じさせた。そのかっこよさに随分暗記したものだ。そらでいえるよう何度読み返したことか!
「トーマの心臓」もまた少女時代に読むにふさわしい物語だったと思う。
萩尾さんの作品の中で、オスカーは一番すてきなキャラクターだ。萩尾さん自身そうなのであろう。似ているキャラクターが彼女の漫画には何度となく登場している。
posted by フェイユイ at 19:16| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | まんが | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月10日

イギョラ!アン・ヨンハッ

2月9日サッカーワールドカップ予選対北朝鮮戦。だけじゃないんだけど、その少し前から一番気になる選手といえばアン・ヨンハッ選手ではなかった?その外見のかっこよさも勿論だが、報道陣からの受け答えのさわやかさ、在日という不安定な立場にありながらの男らしさ。もうここ何日かで彼の女性ファンはどっと増えたろうなあ。
勿論これは日本が勝ったからの余裕で、私はもうーひたすら日本を応援してました。その上で、彼のスポーツ選手らしいすがすがしさに感心させられることしきりでした。

北朝鮮といえば今、日本人には恐ろしいイメージしかないし(拉致問題とか核兵器とか)そんなチームがやってきて、何か起こりはしないか、向こうからということもあるし、日本人からの、ということも案じられたが、私が知る限りは、大変いい試合ができたのではないだろうか。その一因はアン・ヨンハッ、リ・ハンジェの二人の在日朝鮮人の存在があったからではないのだろうか?

彼らはJリーグで活躍する選手たちだからいつでも見れるし、また北朝鮮での試合も楽しみである。

サッカーというスポーツは多くの国でされるため、政治や戦争にかかわることも多い。外国でのそういう話はよく聞くわけだが、日本でもサッカーを通じて人々の心が通い合うのなら、こんなすばらしいことはない、と思う。
posted by フェイユイ at 23:36| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月06日

森本哲郎

10代の時には誰かしら指針となる人がいるものだ。またはいて欲しいものだ。
小説ということでなく、10代の時に衝撃を受けた人といえば最大の人が、森本哲郎さんだ。なぜ彼の本を読んだかはもうすでに忘れてしまったが、特に高校生の時読んで、それまでの価値観が全て変わった、と感じた。ヨーロッパ・アメリカの文学・芸術・映画などに浸りきっていたその頃の私が受けたショックは大きかった。森本さんの著作は多いが、中でも「ゆたかさへの旅」を読んだ時は自分自身が大きく変わったようにすら感じた。
この中で森本さんは、自分が働いてばかりで雑用が多いことを嘆いている。そして週に一度の休日である日曜日の午後2時を憎んでいる。それは休日がすでに残り少ないことを思い知らされる時間だからだ。そういえば最近また月曜日に自殺者が多いというニュースがあった。理由は休日が終わったから、という。この本が書かれたのは1970年前半のようだが、そういう気持ちは30年以上たっても全く変わっていないということだ(というか変わるわけもないのか)そして仕事大好きの青年と日本に絶望した青年、かわいらしい「うさぎ」にイメージされる女の子、悠々と人生を送っている中年男性、不思議なオランダ人らとの会話のなっから、「ほんとうのゆたかさ」とは何か、と思索していく。
時代的にヒッピーや全共闘のにおいがややあるものの、今読み返しても、古いという気はしない。
私が特に感銘を受けたのは、0の文明、1の文明、2の文明、という考え方だった。0は勿論、インドを表す。全てを飲み込み、何がやってきてもかければ0になる。1は1神教の考え。1つのものしか信じないということだ。例えば、キリスト教・イスラム教、科学というものも1の文明になる。2の文明は、中国の陰と陽の2元論。これには、まいってしまった。
そしてもうひとつは大いに栄えたモヘンジョ・ダロがなぜ滅んだかという謎。下水までが完備された清潔な都市がなぜなくなってしまったのか。それは掃除しすぎて自分まで掃除してしまった、という論理なのだった。
これを読んだからといって、インドへ行ったわけでもないし、何かしら生活を変えたわけでもない。が、それまで、キリスト教の国のものばかり信奉していた私には大きな変化があったと思う。
初めて読んだ時、少女だった私は、大いに感銘を受けたものだが、40歳を越えてまた読んだ今、言葉はますます、深く響いてくる気がする。前と同じで生活を変えてしまうことはないのだが、このことを知ることが出来てよかった、と今も思う。
posted by フェイユイ at 20:35| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「もうひとつの国」

集英社文庫、ジェームズ・ボールドウィンというこの黒人作家の小説「もうひとつの国」を高校生の私は何度読み返したことだろう。
ちょうど吉田秋生の「カリフォルニア物語」を読んでいたときでもあり、私が最もアメリカに傾倒していた時期だ。(もっと小さい時はむしろヨーロッパの小説を読むことが多かった、と思う)夢見るおとぎの国のようなヨーロッパと違い(あくまで少女の夢想です)アメリカはもっと力強く、ある意味、粗野で暴力的な魅力をもっていた。それは音楽でも映画でも小説でもファッションでも洗練されたものじゃない激しさで人の心をつかんでいった。
「もうひとつの国」という小説には一体何が書いてあるのだろう。何度も読み返した、といっても私にはそれが何なのかはっきりとはいえない。その中には黒人と白人との葛藤、セックス、孤独、麻薬、貧しさ、男娼、人種差別、などが描かれ、憧れるような要素は殆どないといっていい。人々は華々しく成功するわけでもないし、愛が永遠に続くというような純愛もない。
しかしそういうものこそが田舎の女子高校生が夢に思う世界だったのかも知れない。
posted by フェイユイ at 13:29| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月05日

森 茉莉

日本の最たる耽美の作家といえば森茉莉さんを置いて他にないだろう。その完璧な美文は読むものを酔わせてしまう。
耽美な同性愛ものを愛する方なら「恋人たちの森」は必読だろう。私もその世界に恐る恐る入り込み、美の境地を堪能したものです。あのような美中年と美青年を現実に見たら、きっと恥ずかしくて隠れちゃうなあ、で、じっとみますけど。
むしろ私がひたすら読みふけったのは「甘い蜜の部屋」のほうですね。おや、なにげに「ムーダンの妖しの小部屋」に雰囲気が似てなくも・・・。
主人公モイラの幼い頃12歳までが特に好きです。ピアノ教師アレキサンドゥルとの話くらいまでですね。キャラクターとしては馬番の常吉ことドゥミトリイがすてきですねえ。小さなモイラに馬のえさをとってあげてるシーンなどなかなかよいです。それに引き換えモイラの夫になる天上さんはかわいそうです、かっこ悪くてさ。恋人役のピータァ君は意外とあんまりよくないんですが、これはパァパを引き立てるためでしょうね。これを映画化というのは、不可能なのでしょうねえ。少なくとも今の日本では。中国でなら出来なくもない気もしますが。どうでしょうか。
posted by フェイユイ at 13:31| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「どろろ」

またまた手塚治虫ですが、「どろろ」を映画化してもらえぬものかw
手塚さんの話はかわいい絵柄にだまされてしまうが、かなり恐ろしい話も多い。「どろろ」はまさに怨念の物語。ここはぜひ韓国の映画監督さんにやってもらいたい!!
パク・チャヌクなどいかがでしょう。でも「オールド・ボーイ」も日本のマンガだったから嫌がられるかしらん。
しかし赤ん坊のからだの48箇所を親の欲によって親自らが鬼に捧げてしまい、子供はおのれの気迫だけで作られた体を動かして生きていき、妖怪を殺すことによってやっと体が一部ずつ戻ってくるという凄まじさ。韓国映画になる要素は多大だと思われます。どなたかパク・チャヌクに売り込んではいただけないか?きっとおもしろいんだがなあ。
勿論、設定だけがそのままということで、日本の時代物にする必要はありません。役者さんは誰がいいかなあ。絶対韓国の役者さんがいいんですが。間違っても日本の映画監督さんには売り込まないでね(すげーつまんなくなるし)
posted by フェイユイ at 10:15| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | まんが | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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