映画・読書感想記事は基本的にネタバレです。ご注意ください。

2005年01月29日

[ブラックジャックと恵」

映画にして欲しいなあ、と思ってる漫画がある。「ブラックジャック」の中の話で、ある若い船乗りがブラックジャック先生を訪ねてくる話がある。彼はブラックジャックが以前愛した恵さんという今船医をしている男性(!)が好きなのだ。男性といっても以前は女性だった。ある病気でブラックジャックの手術により「女」でなくなり、男性の船医として生きているのだ。だが、若者は優しい如月恵先生を好きになり、しかも彼が男性ではないと気づいたというのだ。若者は全身に刺青をしていて恵さんの勧めでブラックジャックにそれをとって欲しいとやってきたのだ。
これはかなり不思議な話だ。まずブラックジャックはなぜ恵さんに最初から告白しなかったのか。何故恵さんは男として生活をしなければいけないのか。なぜ若者は男性ではないようだけど、でも女性でもない恵さんを好きになったのか。ブラックジャックファンには申し訳ないが彼は男性ではないのかもしれない、と私は思っている。だから恵さんに告白できなかったんじゃないかと。男でない男と男になった女と男でも女でもない人を好きになった男の話。他にもジェンダーを描いた手塚治虫さんらしいストーリーである。今ではなく、かなり以前の少年漫画にである。思い切り不思議な感じで映画になって欲しい。
posted by フェイユイ at 19:11| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | まんが | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月24日

ジュリー・沢田研二

で、昨日の続き。そんな歌謡曲嫌いの私が一番好きだったのは今、思えばジュリー・沢田研二だなあ。さすがにタイガースは知らないんですが、「勝手にしやがれ」「時の過ぎゆくままに」「カサブランカ・ダンディ」「サムライ」などなどかっこいい歌があふれてます。あの頃だけは歌謡番組を見るのが楽しみだった。わけ解らんがきんちょアイドルじゃなく少し年をとっててすごく色っぽかった。で、ジュリーの人気がなくなるとともにもう歌謡曲には興味がなくなった。
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2005年01月23日

昭和歌謡

ちょっとこれは簡単に言えてしまう話ではないな。それに私は小さい頃歌謡曲、芸能界というものが嫌いだった。おぞましく思ってさえいた。私が一番アイドルとして思い出すのは西城秀樹や山口百恵(このあたりはトップなんで素晴らしい歌手さんたちだが)そしてもうあまり思い出されることもないだろう色んな若者が(そういう私は子供だったが)色々といた。
私はアニメ界の住人で世界の平和のために戦う少年が好きだったから(それもゆがんではいるよな)長髪でフリルとパンタロンを身にまとった若い男がおぞましかった(今は好きだが)女の子はいつもにこにこ明るくかわいく清純さを最も尊ばれていた。そして子供ながらにこの人たちは「芸能プロダクション」というおじさんたちに操られているだけなのだ。と、憐れんでもいた(なんだかおかしい気もする)
しかしそんな私でもテレビでアイドルたちの歌を聞かない日はなかった。毎日、何かしら歌謡番組があっててお人形のようなアイドルたちが振り付けどおりに歌い踊っていた。そんな芸能界というものは永遠に続くかのような気がしたが、いつの間にか消えてしまったかのようだ。
昭和歌謡がはやっているとも聞くが、無論あの頃のようにお年寄りから子供までもが、聞いて歌うようなそんな世界。そしてきらびやかに飾り付けられた妖しい昭和歌謡界というものはもう日本に戻ってくることはないのだろうな。
(この続編、多分書きます)
posted by フェイユイ at 17:10| 香港 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

水泳

真冬に思い出す話題ではないが(読んだだけで風邪引きそうな方ごめんなさい)学生時代、水泳が苦手だった(というか全ての運動が駄目だったんだけど)一応泳げたけど特に平泳ぎは一向に前に進まなかった。それが大人になってしばらくぶりに泳いだら(それももう昔のことになるが)学生時代よりうまく泳げるではないか。あの頃必死で泳いでいたのはなんだったんだろう。それとも私の気のせいかしらん。しかし私が思うに授業という重みが足かせをつけて私の泳ぎを遅くさせていたように思われるのだ。大人になって点数をつけられる心配もなくなり、何の意味もなく私はカエル泳ぎを楽しんだ。
posted by フェイユイ at 11:55| 香港 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月22日

Seesaaリニューアル

Seesaaが一新してなかなか楽しいがやはり新しい家というのはどこに何がしまってあるかわかんないものだね。といっても訪ねてこられる方には解らないことですか?変わったんですよ、設備が。色々戸惑っております。それに、つい最近と比べると重くなったような。てことはまたこの辺についてお休みもあるのでしょうか?
posted by フェイユイ at 21:34| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月18日

幸江とイサオ「自虐の詩」

業田良家さんの「自虐の詩」
私はつい最近はじめて読んだんですよ、これ。実際は85年から90年にかけての連載というから随分まえなんですね。いくつかのはなしを「幸江とイサオ」シリーズにされて、さらにそれを上下巻にされた文庫本を読みました。衝撃でしたね。なんだか最近いろんな国の映画とか見たよりもうはるかに衝撃を受けてしまった。幸江さんという生まれてからずっと不幸ばかりを体験してきた(母は家出、父は飲んだくれで仕事せず借金地獄、夫も同じく仕事せずギャンブル狂い)すでにもう若くはない女性が描かれているマンガです。
というと勘違いされる方もあるでしょうが、これはまったくのギャグマンガなのが、また恐ろしい。しかもかなり爆笑ではっきりいって激しく笑ってしまう満載なんですよ。その中でも特に幸江さんの学生時代はもう冷静には読めませんでしたね。こんなひどい生活をしたわけじゃないけど、どうしても幸江さんに自分を重ねてしまう。情けない自分を激しく嫌いになったり、美しくやさしい同級生の女の子にあこがれたり、好きな男の子がいても自分なんかを好きになるわけないとおちこんだり。そして幸江さんよりもっとすごい熊本さん。熊本さんはもっと貧乏でもっと先生からも嫌われてるんだけど、人前では決して涙を見せないで、帰り道の路地の奥でこっそり肩を震わせている。
幸江さんは途中きれいな藤沢さんと仲良しになって一瞬幸せになるんだけど、その後、信じられない不幸が待ち伏せている。
これだけの不幸を味わった幸江さんだけど(ここからまだ読んでない方、ご注意を)心から愛するイサオさんとの赤ちゃんができてずうっとずっと求め続けてきたお母さんの顔が見えてしまうなんてすごすぎる。そして幸江さんは思う。「この人生を二度と幸や不幸ではかりません」幸江さんがここまできた道のりを思うと涙はあふれるばかりです。「人生には意味があるのです」と。
posted by フェイユイ at 18:48| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | まんが | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月16日

ヤン・ウェンリーとお茶を

銀河英雄伝説のヤン・ウェンリーと紅茶を飲みたいものです。ラインハルトのファン、キルヒアイスのファンなど色々いらっしゃるでしょうが、私はヤン・ウェンリーとのんびり紅茶を飲みたいものです。でもでもミッターマイヤーの指揮下で忙しく働くのも憧れますが(しかし実際は大変でしょうな)
posted by フェイユイ at 19:33| 香港 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

永遠の少年

リバー・フェニックスという青年をご存知だろうか?と聞いてはいても私にとってあまりにも鮮烈な印象で、彼を知らない人がいるのだろうかと思ってはいる。だが、もう彼がいなくなってから10年以上の月日が流れているのだ。彼をはっきり知ったのは「スタンド・バイ・ミー」という映画だった。原作スティーブン・キングの素晴らしい少年期物語だった。そのときの彼はむしろか弱い主人公の少年を守ってあげるようなかっこいい少年だった。そのときのリバーをみて私は「彼こそが永遠の少年だ」と胸を熱くした。貧しくていつも父や兄に虐げられながらも友を思いやるやさしさと苦学してでも上へ上っていこうとする強さに私は惹かれた。男の子らしいタフな風貌にもいとおしさを感じた。だが、しばらくして目にした彼は繊細な美しさを持つ若者に変貌していた。その変化が何故なのかはわからないが。ただその砕けてしまいそうな痛々しさを持つままに彼が演じたのが、「マイ・プライベート・アイダホ」だった。これは、アメリカでこんな風に演じていいのかと心配してしまうような売春をするゲイの青年の役だった。いきなり倒れてしまうナルコレプシーという病気を持つ彼はそのままリバーの危うげな存在を物語っていたような気がする。そのとき共演していたキアヌー・リーブスは私生活でもリバーと仲良しだったらしい。今人気のあるキアヌーを見てるとああ、リバーも生きていてまた共演してくれたなら、とかなわぬ願いをもってしまう。私にとってのリバーはこの二つだけだ。この二つで彼は私の頭の中でいつまでも美しい少年でいつづける。
アイダホ

リバー・フェニックス
「スタンド・バイ・ミー」で主人公の少年は大人になってから、親友(リバー)が若くして死んだことを悲しむ、と言うストーリーだった。これもリバーの運命を予感していたかの様に思えてならない。
posted by フェイユイ at 00:08| 香港 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月14日

アラン・パーカー

アラン・パーカーというイギリスの映画監督が大好きだった。一番初めに見たのは、脚本を書いた「小さな恋のメロディ」そして監督作品の「ダウンタウン物語」だが、衝撃を受けたのは「ミッドナイトエクスプレス」だった。白人青年が出来心の麻薬密売でトルコの刑務所に何十年とぶち込まれることになるという酷いストーリー。何だか最初に看守(だったかな)にやられちゃったり、逆さづりで足の裏を棒打ちなどされたり、出だしから固まりました。勿論最高の見せ場はシャワーを浴びながら(だったよね)髭の男とのかなり濃厚なキスシーン。固まりました。それから、「バーディ」こちらは鳥にしか興味のない引きこもり青年と行動型青年の友情というか愛情というかという世界でまたまた腐れ心を満たしていただきましたっけ。こちらも引きこもり青年は体の大きなマシュー・モディン。とあのなんかちょっと腐れ気味のニコラス・ケイジなんでなかなかハードですね。ラストあたりの二人のからみ(別に抱き合ってるわけではない)はすごーくよかったです。他にもゲイの男の子が出てくる「フェーム」、すげー歌のうまい男の子が出てくる「ザ・コミットメンツ」そして「アンジェラの灰」暗い暗いアイルランドでの少年の生活を描いたもの。
耽美な世界に憧れなくはないが、やはりアラン・パーカーが描くような底辺(というのはあんまりかもしないが)の世界にむしろひとつの幻想をもって見てしまうのだ。今、見返すこともないが、そういった好みはずっと変わらない気がする。
アンジェラの灰
アンジェラの灰

バーディ
バーディ

ミッドナイトエクスプレス
ミッドナイトエクスプレス
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2005年01月12日

わが心のゴジラ

1980年代最初のころだったと思うが、「ゴジラ映画オールナイト」(こんなタイトルではなかったろうが)という奴を体験した。最初の初代「ゴジラ」はまさに名作。感激のうちに見終わったが、「ヘドラ」を除く他のゴジラ映画はもうなんと形容してよいやら。夜が更けるにつれ、我慢大会と化していった。(「ヘドラ」は子供時代、特に男の子が絶対に描くキャラクターだった。大人になってみてもその気持ち悪さは時代の妖怪と呼ぶにふさわしかった)
その後、ゴジラ映画が何回かつくられたようだが、もう見てみたいという気は起きなかった。私には最初の「ゴジラ」と「ヘドラ」で充分だ。
が、昨日、子供のために借りたDVDで「オール怪獣大進撃・ゴジラ・ミニラ・ガバラ」を見た(といっても最初あたりだけだが)そこに映るのは60年代後半なのだろうか、まさに自分が子供のときの光景だ。舞台は都会なので、それでもいいほうなのだろうが。舗装されていない道路、狭い道、でかいダンプが突っ走る横を子供たちが歩いていく。規制のされてないであろう排気ガスや煙突の煙で空は暗い。あちこちの空き地にブルドーザーやショベルカーが止まっており、土の山が子供の遊び場となる。汚染や危険という言葉がいたるところにおちているようだ。そして、気が弱くていじめられっこの主人公である男の子はいつも怪獣の国をゆめみているのだ。はっきりいって肝心の怪獣たちの描写はたいしたことはない。むしろ、その少年を取り巻くその時代の風景こそが私には夢をみているかのようだった。あの頃はよかった、という気はさらさらない。子供心にも公害や病気が蔓延していた恐ろしい時代だった。日本は高度成長というもののためにひたすらに病んでいる。もうすぐ、この世の終わりが来る、と子供心を怯えさせた。時代は移り、あるものはよくなり、また悪いものも増えた。だが、あの頃は、自分自身が子供だった。この世の終わりが20世紀の間に来ると信じていたのだ。その頃を映した映画、しかも子供が主人公である映画に私は入り込んでしまったようだ。
posted by フェイユイ at 23:39| 香港 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月11日

恐ろしい災害

なんでも遅いのでこういうエントリまで遅いのだが、インドネシア・スマトラ島沖地震・津波は本当に恐ろしい災害だった。12月26日のことだったろうか。暮れも押し迫った頃で私も仕事に追われていた。テレビで最初見たときは、どういうことなのかわかっていなかった。次々と報道がされその度ごとに被害は大きくなった。テレビで映すと必ず死体が映ってしまうということであちこちにぼかしがはいってしまう。山のようにつまれた棺おけはなぜか蓋があいている。急ごしらえのベニヤの棺おけを死体が死後硬直であけてしまうのだそうだ。また、どさくさにまぎれて親を失った子供たちの人身売買など信じられないような事柄ばかりだ。
プーケットというところに私は行ったことはないが、とてものんびりした楽園のようなところだったのだろうに。
15万以上もの犠牲者とは最初にニュースを聞いた時には考えもしなかった。災害は大人と子供の区別はしない。死んでしまった幼い子供を抱いて慟哭する父親の姿が頭から離れない。
posted by フェイユイ at 21:19| 香港 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月06日

腐りゆく魂

少し前のある日、他の方のブログを覗いていたら「腐女子はくるな」すごく面白い表現だ、と感心し、何のことだろと笑ってたら、自分のことだった!!!今頃になって知ったこの表現。いつの間にかわが身が腐ってたのだとやっと認識した愚かさよ。しかし知ってよかった、感謝します。少し前に「美少年の恋」などと紛らわしいタイトルで文を書き、かつて信奉した少年愛をせせら笑った私ですが、何のことはない、今は多少高年齢化しただけである。ただし、感性のほうは年毎に鈍くなるばかりなので、そのせいかどうかわからんけど、今現在、夢中になっている対象はない。見る映画や本などもその類は皆無に近い。
「キャプ翼」など遠い昔のことだなあ。とはいえ、あの時もさほどコジ健などといってたわけでなく、岬くんが好きだっただけだけど。どっちかっツーと私は「ドカベン」の弁慶高校の二人のほうが好きだったりして。誰もそんな人いないか。しかし「ドカベン」の里中君が最大のアイドルだった。次は殿馬くんだったが。
何の話かわかんなくなったが、私の脳が腐れてるのは確かだな。だが、愛する対象もないために分厚い蓋に閉じ込められしかもうまく醗酵もせず、腐り果てるだけである。悲しい。
posted by フェイユイ at 11:08| クアラルンプール ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月04日

公営団地

小さい頃、団地に住んでいた。マンションじゃなくて公営団地。何のデザインもない四角いコンクリート団地。子供の頃の団地というのは天国だ(今は知らんけど)あちこちに友達がいるし、階段で遊ぶのは(雨の日も遊べて)とても楽しい。だもんで団地というと故郷という思いがある。懐かしい記憶だ。一般的に団地というとなんとなく寂しいイメージがあるのではないのだろうか(これは私の思い過ごしかな)確かに今大人になって団地に住むというと若干抵抗あるけど(住んでる方ごめんなさい)子供のときの思い出は楽しいことばかりだ。なんだかこんな楽しい映画なんてないのかな、とすら想う。
今思うと上の階には謎の太った女の人が住んでいた。普段いなくて、時々現れるのだ。
あの人は何だったのだろう。
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2005年01月02日

正月も仕事、いっぱいいますよ

暮れは忙しい、忙しいとグチを言いっぱなしだったが、今、お正月でのんびりしてるかというと、1日から仕事してる・・・。笑えねー・・。
仕事しすぎるとばかにされるご時勢だ。それもしょうがないだろう。食うためだ。
まあ、幾分、日常よりはゆっくりできるということで満足しよう。
お雑煮も食ったし、むつごろうさんの番組で可愛いボストンテリアもみれた。可愛かったー。夜はリンガーハットでちゃんぽんをくらった。おいしかった。餃子も食べたし。
これで文句を言うのは罰当たりというものだな。
posted by フェイユイ at 22:42| クアラルンプール ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

失われた力

昔の自分と今の自分、比べて劣ってきたのは、体力・記憶力・肌のはりと色々あるが、集中力というのもあるのだよね。
これはマー、よく言われることなんで今更ではあるんだが、子供の時というのはテレビを見るにしても本を読むにしてもその世界に入り込み浸りきりこちらへ戻ってくるのが大変なくらいだったのに、今はなかなかその世界に入り込んだままでいるのは難しい。頭の中では常に時間や人の声や明日のことやその他雑多なやらなければいけないこと、気にしなければいけないこと、が渦巻いている。子供のときは側で親が話しかけてても気づかなかったのに。
映画や読書が大好きだが、かつてのようにその世界に遊ぶことは難しくなった。もっと年をとれば、またそのような時期もくるのだろうか?
物語の世界にはいってしまう能力、それを失ったことが一番寂しいことかもしれない。
posted by フェイユイ at 09:56| クアラルンプール ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月01日

迎春

あけましておめでとうございます。今年の抱負は・・・なんだろ。「藍空」の方ではひたすら映画をみまくってみたいということですが、こちらは私の私的部分を書いていきたいと思って始めたわけなんですが。映画の感想を書くのと違って自分自身を書くことのほうが私には難しく、恥ずかしい。
てなわけで、その羞恥に負けないよう、ムーダンは書いていくつもりです。今年もよろしくお願いしますね。
posted by フェイユイ at 12:29| クアラルンプール ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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